いわゆる文春砲は、濡れ手で粟ならぬ泡だった疑惑

やたらスクープを飛ばしていた週刊文春、個人的にはごく稀に役に立つ事もあるけどいい加減で人の迷惑も売れればいいという、ただの下世話な週刊誌だと思っている。
そんな文春がどうやら、文春が週刊新潮のスクープを盗み見をしているというニュースが出ている。
文春泡というべきか、文春砲といわれているのは濡れ手で粟(泡)の砲じゃなくて泡だったのか…。
もっとも、どちらも週刊誌だしどちらの主張が正しいと応援したいわけでもない。
メディアも、兎に角批判したいだけ批判したり自分が正しいとばかり主張して、国民の代表を自認した気になって裁判官にでもなったつもりの時がある。
週刊誌も知る権利を立てにやりたい放題という事は、他のメディア以上なのは言うまでもない。そこに仁義などは感じたことはほとんどない。
第三の権力と言われて久しいが、他の権力と違って監視の目もなく好き放題やるのはあまり好ましいことじゃないと思うが、その辺は読者はどう思っているのだろうか?

いわゆる文春砲は、濡れ手で粟ならぬ泡だった疑惑